中国紀行 〜3〜 『作る』と『創る』の違い

中国到着の次の日には、早くも展示会が行われるギャラリーの下見に繰り出す。会場となるギャラリーは、様々なブランドやテナントが入った巨大な複合商業施設の中にあるのである

今回の展示のキュレーターでもあるフェングランに案内されて着いたのがここである

ふーむ。デカすぎてカメラに収まらない。。このデカいタワーが、四つ繋がっているのである。四つのタワーの中央に中庭がある構造になっている。地下に全部のタワーに繋がっているフロアがあり、更にその下には地下鉄の駅がある

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これが聞きしにまさる中国スケールか。。館内も複雑かつデカすぎて、まず道が覚えられない。後日談になるが、僕は何回も館内で迷ってたよ

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展示会当日にギャラリーにたどりつけないというお客様もいたな。。

それくらい巨大な商業施設であり、ここを見るだけでも中国の経済発展の凄まじさを感じることができる。中国は不景気とかニュースでずっと言われているが、ホントなのか?

まぁ、都市部と内陸部の格差が凄いというのは知ってる。それ以前に館内の綺麗なトイレから見える風景からも格差を感じ取ることが出来るというか。。ギャップが凄いね。。

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急成長している部分と取り残されている部分が入り乱れていて、一つのカオスなエネルギーを作り出している中国のパワーに圧倒されながら、ギャラリーの人たちと展示会の打ち合わせを経て、今後の予定を決めていく。展示会のオープニングまで五日しかないので、食べて働き食べて働き、合間に観光。の繰り返しで、がんがん作業を進めていく

まぁ、案の定、準備段階でトラブルはたくさん起きる

やれ、フレームが曲がっている!用意していた映像が流れない!ギャラリーの工事が終わっていない!だのと、バイオハザードのゾンビの如く、倒せども倒せども次から次へと、わらわらと問題が湧いてくる

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まぁ、展示会を開くときは必ずこうなる。自慢ではないがトラブルがなかった試しはない。こういったトラブル対処能力を磨いておくためにも場数を踏むのは大事なのだ

といっても、テンパっていましたが。。というかね、中国の方の仕事の進め方が分からなくてパニクっていた。。

そりゃそうだ。初中国がいきなり観光じゃなくてお仕事だもの

日本の業者さんの場合であると、一週間後が締切だったら、まぁ、それに合わせたペース配分で動いてくれる。端から見てもふむふむ感があるのである。しかし、ここではそういったペース配分が全く見えない。例えば、明日にはこの部屋は綺麗になっていないといけないハズなのに。。まだバリバリ工事中とか

『スケジュール、伝わっている?』

心配で心配でソワソワな僕をよそにアリスは涼しい顔だ

彼女の場合、過去に服飾関係の仕事で中国の方と仕事をした経験があるので慣れている

『中国の仕事の進め方ってやる時は一気にやるスタイルだから大丈夫よ』

ほんとかよ。。不安なまま、準備は進められていく

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毎朝起きて、夜まで働いて、晩ご飯は四川料理。その合間にも繰り返されるミーティング

絵をビジネスに持っていく戦略を練る。僕とアリス、そしてフェングランの頭がビジネスモードに切り替わっていく

絵をビジネスに持っていく、、分かりやすく言うと、それは第三者に『伝える』という事である。僕は『伝える』は『描く』と同じくらいに大切だと思っている。それを真剣に考えていくと、その為には色々な事を考えなければいけなくなる

絵を見てもらう人に説明する為に、絵の意味を考える

自分というアーティストを説明する為に、自分の意味を考える

それらを考えていくと、それは普段からの絵を『描く』という行為にもフィードバックされる

今、描く絵は、何故にこのメディアを使う?何故にこの大きさを選んだ?

何を考えている?何を伝えたい?

その思考のプロセスで、作品に適当な部分がなくなっていく

日本、ドイツ、中国と文化も言葉も違う国で展示会をやる度に、この『伝える』という部分をブラッシュアップしていく。絵なんだから見れば分かるでしょうという考えだと、実は伝わりきっていない部分が多いのだと僕自身、毎回痛感する

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見れば分かるだろうというのは、作り手の傲慢だ

見てもらう人に想像させる事と、説明しないのはイコールではない

この違いが僕も最初分からなくて苦労した部分だ

説明しなくても人は分かってくれるというのは、単一民族で育って来た日本人が持つ共同幻想だ。その日本も、以前より価値観が複雑化して、これからは説明力という部分がフォーカスされてくるように思う

言い切ってしまうと、絵画とは思考を伝えるメディアなのだ

学生の時、ある人が僕に言ってくれた大事な言葉がある。僕がまだ感覚の赴くままに作品を作っていた頃だ

『閃きやアイデアというのは深く研ぎ澄まされた思考の先にあるしずくのような物』

絵を『伝える』ということを通して、見てくれる人と真剣勝負を繰り返していく中で、この言葉の意味が少し分かった

『作る』と『創る』の違いだ

物は作るもの。価値観や思考は創り出すもの

安くない絵を買う人は、絵の表面的な部分だけを見ているのではない。キャンバスや紙に乗せられた思考をも買うのだ

綺麗なだけ。かっこいいだけ。の作品は、もう人類全員がパソコンで作れる時代だ

そんな時代に安くない作品がある意味は何なのだろう?

アーティストとクリエイターは同義語だと思う

クリエイターは文字通り、『つくる』を仕事にしている職業である

『作る』と『創る』の言葉の違いについて何度も考えることはクリエイターにとって大事なことではないだろうか

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そして、準備も大詰めになってくると、一気に関係者がわーっと来て、一気に終わらす

 

『ホントだ。。終わった。。』

 

いよいよ展示会が始まる。僕とアリスが作品に込めた『創る』は届くだろうか?

 

to be continued…

Kensuke Saito

中国紀行 〜3〜 『作る』と『創る』の違い” への3件のフィードバック

  1. 「絵を見てもらう人に説明する為に、絵の意味を考える

    自分というアーティストを説明する為に、自分の意味を考える

    それらを考えていくと、それは普段からの絵を『描く』という行為にもフィードバックされる

    今、描く絵は、何故にこのメディアを使う?何故にこの大きさを選んだ?

    何を考えている?何を伝えたい?

    その思考のプロセスで、作品に適当な部分がなくなっていく」

    この部分がストンと腑に落ちました。展覧会の成功を願っております。

    いいね

    1. コメント、抜け落ちてました。いつもありがとうございます。
      絵を描くという事は、人とのコミュニケーションだなという考えを持つようになってきました。
      若い時は、もっと独りよがりでしたね。それが良い場合もあるのでしょうが、やはり他者との関わりが大事ですね。
      ブログ、お休みしていましたが、また再開しますー。

      いいね: 1人

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