チベット紀行 / vol.03 / 男と女の違い

女性は、男性より強いのではないかと。。使い古された言葉でもありますが世の中の男性諸君、何度も同じこと思いませんかね

いつだったかな。どっかの記事で読んだうろ覚えなんですがね。腑に落ちてずっと覚えてる文章があるんですが

食料調達において、男性の腕力っていうのが重要だった狩猟時代から始まって、その時代を経て農耕時代に入ると、畑を耕したり種を植えたりなどの作業までは男性が大きい役割を果たしますが、その後の重要な工程である作物管理や収穫などでは、女性が大きい役割を果たすのだそうな

もちろんもちろん、狩猟時代農耕時代の時代の男女の役割などをそんなに専門的に勉強したわけではないし、上記の説も一括りにまとめすぎであろうし、現実はもっと複雑でしょうね。その上で、自分はどうなんだという話になるのですが、ほぼ100パーセント、身に覚えがあるわけですね

ふぅむ。畑を耕したり、種を蒔いたりっていう最初の風呂敷広げる作業は進んでやるけど、後は、女性に任せてしまうというのは言い得て妙でして、ま。平たく言えば「遊んだ後は片付けない子供」成分を男性は多く含んでいるのですね。ままま。ロマンティックに言っちゃえば、太古からの人類の記憶っていうんですかね。言わないね

 

ありゃ。なんでこんな話になったのかというとですね

 

3500メートルという慣れない標高

言葉が通じるかも分からぬ不安定な環境

普段、食べているものとは違うご飯

決まっていない事も多いこのチベットでのプロジェクトのプランニング

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こうしたぐらぐら不安定な環境に置かれるとですね。まず、男性がぎゃぁぎゃぁ言います。それかふらふら倒れる

嘘だと言うならどこでもいいから海外に行ってごらんなさい。まず、女性の方が慣れるのが圧倒的に早い。翻って男性は長いことぐらぐらしている

きっと、あれだね。私たちが生きている現代社会というものは、男女平等が進んだとはいえ、まだまだ男性社会という部分が根強く残っています。どちらかというと女性の方が社会に対して、どこかアウトローな感情を持つ事が多いと言われています

男性が社会に守られてぬくぬくしている間にも女性は気を抜く事なく色々と観察しています

社会的に不安定な立場になった時に、自分を守ってくれるのは何かというと、人間関係や周囲の環境だという事を女性は本能的に察知しており、それがゆえ男性よりも周囲に対しての観察力に優れていると言われています

「ねぇねぇ、見た?今日、あそこのスーパーで特売やってたわよ!」

「ねぇねぇ、聞いた?あそこの旦那さん、夜遊びしているらしいわよ」

「ねぇねぇ、知ってる?あそこの奥さん、香水変わったわよ。何かあったのかしらね」

女性達は身の回りの事をそれこそ、キャベツの値段レベルから注意深く観察しています

その時、男性は何をしているかというと、たんにボーっとしている場合が多いです

もちろんもちろん、ワタクシ、他の男性が何を考えてるかまでは全部は分かりませんし、上記の説も一括りにまとめすぎであろうし、現実はもっと複雑でしょうね。その上で、自分はどうなんだという話になると、ほぼ100パーセント、身に覚えがあるわけですね

 

それをぱっと理解してもらった上で、話をぐっと進める

 

チベット族自治州カンゼというそれまでの人生で馴染みのない場所に行った時に、「ぎゃぁ!」となったのは、何を隠そう、自分である。精神的、肉体的にびっくりしちゃったんでしょうね。ベッドで二日三日寝込んでる僕を尻目にアリスは、色々と動き回って観察を始めている

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僕の体調が悪くなった原因を周囲の人に聞いて回って情報を集めて、色々な人と情報交換をし、対応策を考えたり、お世話になったタンカアーティストのPemaさんの奥さんと仲良くなって、いつの間にかその家族の情報を聞いたり、中国での展示会をやるギャラリーの人達の話を聞いたりして、いつの間にかこのプロジェクトに関わる多くの人の人間関係を把握し始めます

「ねぇねぇ、見た?あそこのお店、美味しいコーヒー売ってるわよ!」

「ねぇねぇ、聞いた?この辺り、今夜は水が止まるらしいわよ」

「ねぇねぇ、知ってる?あっちの方のお店、wifiがあるみたいよ」

僕が、ボーっとしてる間にも、アリスは生活に必要な情報をどんどん集めていきます。そうして、絵を描く為の環境構築を進めていく。まず、安定した環境があってこそ、絵を描けるという当たり前の事をやれる訳ですが、自分、そこら辺の意識が凄い弱い

そうこうしながら、僕の具合も良くなってきて、アトリエで共に作業をしていく

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今回のアートプロジェクトでは、僕とPemaさんがコラボという形で一つの絵を描き、アリスは、カンゼで見た事や感じた事を描いていくという形になっている。それぞれの創作風景や出来上がっていく作品を見ながら思ったわけですが、僕とPemaさんが「輪廻転生」をキーワードに壮大な事を考えながら絵を描いていくのに対し、アリスは日常の風景や人間関係を深く観察しながら、そこから壮大な何かを感じさせるような描き方をしていく

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そういえば、アリスの絵って僕との人間関係や日常風景を深く観察して、それを描いた絵が多い。だから一見壮大に見える絵でもコアにあるのは「絆」だったり、「愛情」だったり、シンプルな事だったりする。そして、そこから「人間」という本質的なものを描いていく

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「男性だからこう」

「女性だからこう」

という区分けを人一倍したがらないアリスの事だから、絵をそういうジェンダー的な視点から見られるのは嫌いかもしれない

ただ人間的にも年齢を重ねて、絵を描いていくうちに、アリスという人間の本質的な部分が絵にも出てくるようになった時、そういう「女性」ならばでの強みが出てくるようになったのではないかと思う。先ほども述べたが、「女性」の強みって、「男性」とはまた違う意味で「違い」を飛び越えてしまう強さを持っている

国籍、人種、言葉、宗教、性別、、

言い出せばキリがないくらい人類には様々な「違い」がある

その「違い」をどう意識するかは、人によって違う

意識的な人もいれば無意識な人もいる

関係ない。人類みな兄弟っていうのは簡単だが、それは深く考えていないのと実は違わない

幼い頃からインターナショナルスクールで様々な国籍の人と育ってきたアリスは、そういう事を人一倍感じながら、考えながら育ってきた。そういう彼女だからこそ、描ける絵というものがあるのだろう。だからこそそういう様々な「違い」を越えて共感させる強さをアリスの絵は多く持っている気がする

色々な国で制作したり、展示会をやってたりしていると、そういう部分が見えてくる

自分とは育ってきた環境も人間性も真反対のアリスを見て、自分は何を持って「違い」を越えられる強さを持てるか考えていく

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カンゼという場所で、21日間に渡るアートプロジェクト作業を進めながらも、中国は成都のギャラリーで展示会をやる話し合いも同時進行で進められていく

中国人キュレーターのFengranも、成都に行って、またこっちに戻ってきたりして、周囲の動きも慌ただしくなっていく

カンゼという素敵な場所での日々も終わりが近づいてきた。まだまだここにいたいという気持ちと、ここで描いた絵を下に降りて皆に見せたいという気持ちが入り混じった高揚した不思議な気持ちで最後の何日間を過ごす

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こんなに高い場所に、これだけの美しいものがある。中国は成都に戻る前のカンゼでの残された日々、目に入る色々なものを心に焼き付けるように残された時間を過ごした

 

 

さよなら、また戻ってくるよ

 

 

to be continued

Kensuke Saito

 

チベット紀行 / vol.03 / 男と女の違い” への3件のフィードバック

  1. mojalithさん
    素晴らしい景観のなかで、素晴らしい絵を描き出すなんて凄いですよね…まあ、そのような能力に羨ましさも感じてしまいますが…

    私のような凡人には、同じ場にいても感じ得ない深遠さを感じさせてくれるのも芸術としての絵の部分なのでしょうね。
    表現力が素晴らしいとしか言いようがありません(^-^)

    女と男に関しては、両者とも、ちょっと、考え過ぎかもですね(^-^;
    女でも男でも、力一つとっても、多種多様です…年齢も関係してきますしね。

    名もない私が申し上げても、右か左からもう片方に流されるだけでしょうが、もっと素直に人間の存在と、そして、何故、女と男がわざわざ造られたのか、存在しているのかと考えますと、自ずと、納得できそうな場所に収まりそうな感じがします。

    それから、生活力と言いますか、生活してゆく上での精神的安定性は、女の方が男よりも数段上です…子供を産んで育てるという創造力を女が担っていることを思いますと、納得ですよね。

    人間は、動物であることを忘れ去ろうとするが故に、精神と行動があらぬ方向に行ってしまうんだと思ってます(^-^;

    いいね: 1人

    1. simple10さん

      コメントありがとうございます。

      絵を描いている時も、能力があると思うよりは常に何かが足りないなぁという焦りみたいなのを感じている事も多いです。でも、たまに絵を描いている時に得体の知れない高揚感や達成感を感じる事もあって、それは絵を続けていくモチベーションになっていますね。

      simpleさんが言うように、女と男に関しての見方は、ちょっと僕の生きていた環境の中で育ってきた価値観ですね。小さい時から家にお父さんがいない母子家庭で育ったのに加えて、妹がいたという女性中心の家庭環境だったので、どこかしら女性中心の目線になっているのかもしれません。

      それに加えて、女性の権利意識が高いドイツで暮らしているのも、影響しているのかもしれません。
      でも、女性とか男性とか、あんまり意識しすぎも逆に何かもったいない気がします。確かに。

      いいね

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