ベルリンの夏は終わらない

8月下旬、ドイツはベルリンも涼しくなり夏の終わりが見えてきた。。と思ったら、8月も終わりになって、また暑くなってきた

久しぶりに何の用事も人と会う約束もなく空を見れば太陽がギラギラと輝いておる。気温は30度。絵を描くかな。。しかし空を見上げれば雲ひとつない青空。やる気でねぇな。。

そうだな、、いっちゃうか

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財布も携帯も持たずに水着にシャツのみで湖に出かけ、一時間くらい泳いでから原っぱで横になってゴロゴロ転がる。こういう風に自然の中で何もしないで横になると考えが浮かんだり色々と振り返ったりできる

ここ最近、絵や映像を創る日々が続いて考えすぎちゃってて行きづまっていたな

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ブログもそうだけど考えすぎちゃうと中々、アップできなくなるのよね。無駄に注意深くなって、いらない忖度したり何度も読み直して書き直したり。よくあるのが何度もチェックの為に読んでいるうちに内容そのものに飽きちゃって良くない文章だって思っちゃうパターン

絵を描いている時も同じだけど、完成度を高める為に何度も見直しながら描いたりしていると、描き始めの最初にあった衝動的な何かが失われていくことってよくある。言い換えると鮮度とでもいうのかね。そういう鮮度も大事だけど、世の中に出すにあたっては少しでも磨いて磨いて完成度を高めたいという「モノ」を創る側としての気持ち。この二つは相反するようだけど両方大事なのよね

ワタクシの大好きなミュージシャンの一人にマイルス・デイビスがおりますが、彼のアルバム「カインド・オブ・ブルー」のレコーディングの際、メンバーのジョン・コルトレーンがスタジオで録音する前に練習を始めたそうな。。するとマイルスはジョンを殴ってからにこう言ったそうな「練習するとは何事か!」。。まぁ、昔の話ですから殴っただの何だの話は若干、大きくなっているでしょうが、要するに、いつでも出来るように普段から鍛えておけ!って言いたいんだと思うの。それか酔ったマイルスのただの当たり散らしか

ブログもさ、書き直したり考え直したりしないで、ぱぱっと書いてささっとアップするためには、普段からどれだけ考えているかっていうのがモノを言うわね。そんだけ考えてるんだから、ぱぱっと書いたけど大丈夫だって思える自信が自分にも欲しいわね

普段、絵を描いたり映像を創ったりしているからか、異業種である音楽から刺激をもらったりインスピレーションをもらったりすることが多い。絵や映像だと、自分がやっていることと距離が近づきて参考にならないところがある。だから物事を考えたりするとき、

「あのレコードはこういう風に録音された」

「あのミュージシャンはあの時こうした」

という風に音楽絡みのエピソードの方が色々参考になる

前置き無駄に長くなったね。そうね。湖で泳いでからに横になって色々考えた話だったね

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ここ暫くSpotifyでテクノを聞きながら絵を製作する日々が続いている

1日の終わりにはベッドに潜り込んでNetflixのドラマを見るのが定番だ

Spotifyで流れるように音楽を聴きながら、NetflixやYouTubeで様々な映画や番組を見るようになって久しい。レンタルビデオ屋さんに行かなくても映画館に行かなくても好きな時に好きなだけ見たいものを見て、音楽も聴きたいものを聴ける

凄い便利な世の中になったもんだ

どのプログラムも無料版や有料版があり、それに応じて受けられるサービスも多種多様だ。SpotifyやYouTubeだったら時折入ってくるCMを我慢すれば好きな音楽を選んで聴くことができる

凄い情報遅れを白状するようだけど、自分がSpotifyを利用するようになったのってわりかし最近なんだ。。知らないもんだから、気になった音楽があったらベルリン中のCD屋さんを探し回って買い集めるという無駄な動きをしていたのが、、去年の夏。。割と最近だな

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その代わり凄い時間と労力を割いて手に入れたCDには愛着もわくのだろう。今もずっとその時に手に入れたCDは繰り返し聴いていたりする。いくつもCD屋さんを徘徊したおかげで道にも詳しくなった

新しい音楽を聴いたりする時って、その音楽に対する慣れも必要だから、一回聴いただけだと良さが分からない時もある。それでも頑張って何回も繰り返し聴いて良さを理解しようとする。それが出来るのもわざわざCD屋さんまで労力を割いて足を運んで買ったという思いがあるからだろう。せっかく買ったのにすぐに諦めるのももったいないという貧乏根性も働くじゃない?そうやって良さを理解しようと辛抱強く付き合っていけば、最初は分からなかった良さも分かってきたりする。それに一回で良さが分かる音楽より、最初は分からなかったんだけど、何回も聞いているうちに好きになっていく音楽の方が、その後、長く付き合っていける音楽になっていたりすることが多くないか?

Spotifyだと、少しでも気に入らなかったら1分も聴かないうちに次から次に飛ばしていく。僕もSpotify使うようになって忍耐力が落ちてきたのか、30秒くらいでパッパッと飛ばす。だからイントロから聴かないもん。いきなり曲の真ん中くらいから聴く、で、飛ばす。ザッピングザッピング

最近、ヨーロッパでも出会い系サイトが流行っているそうで、友人から聞いた印象だと色々と会ってみてパッパッと飛ばしている感じね。良くも悪くも便利だなぁって、、結構気軽に使っている人多いみたいで、そういうサイトに後ろめたいものを感じてしまう自分は古いタイプの人間として淘汰されていくんでしょうなぁ。まぁ、そっち方面からは淘汰されてもいいやな

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音楽も人間もザッピングザッピング

きっとそこから派生する素敵な出会いもあるのでしょう。僕もSpotifyでたくさん素敵な曲に出会えたし、Netflixでたくさん面白い番組を観れた。何より、もう時代は巻き戻せない。そんな今の時代のネガティブな面ばかり見ても仕方ないじゃないか。考え方、価値観を変えられるとこは変えてサバイブしていくしかないのだ

「モノ」の価値

先ほどの音楽、、そうね、例えば

僕が小学生の頃、音楽の値段はCDアルバムが3000円、CDシングルが1000円。アルバムだとジャンルにもよるが、J-POPだと大体10曲前後、シングルだと2曲か

アルバムだと10曲で3000円だったならば、1曲あたり300円。シングルだと2曲で1000円だから1曲あたり500円か。音楽にお金も払わなくなった今の時代からすると高く感じるな。。

今じゃ信じられないが音楽を聴くのが大変だった時代というのがある

当時は新しい新譜が出たらCD屋さんに買いに行くしか方法はない。しかもあの頃って「モノ」がバンバン売れてた時代だから、人気がある新譜は売り切れて次の入荷まで結構待たなければいけないという事が結構普通にあった。そういう時は何件も都内のお店を回って探し回ったりする。当時は携帯もネットもない時代だから、自分の足を使って動き回るしかない。僕が住んでた東京でさえこれだから、地方とかになるともっと大変だったところも多いんじゃないだろうか

値段は高く買うのも大変。しかも在庫切れもあるときた。。凄い不便な時代だ。だけど、その時の方が皆、真剣に音楽にお金を使っていたんだよな。。便利な今はお店を探し回ったりする事もない。音楽を手に入れるまでの工程が簡略化された分、手に入れるまでに派生するドラマや思い入れもなくなっていく

便利になっていく流れ

1877年にエジソンが蓄音機による音楽の録音と再生の技術を確立し、レコードという媒体になり、それまでのコンサートやジャズバーなど演奏されている場に行かなければ聴けなかった音楽は家に居ながらにして聴ける身近なモノになった。そして技術の発達によってラジオやテレビでも聴けるようになるなど、当時のテクノロジーの進歩と絡み合いながら音楽は普及していった

レコードからカセットテープ、CD、MDなど様々な媒体が開発され、その度に人々の音楽視聴スタイルは変遷していく。その後にネットの時代がやってきてダウンロードして音楽を聴く時代がやってきて、今はもはやダウンロードの時代でもなくストリーミングの時代になり、音楽は所有するものではなくシェアする「モノ」になっていく。その反動としてレコードの売り上げも上がっているみたいだが、基本としては、ストリーミングで視聴する感覚になってきていると思う

ストリーミングになってから音楽は、もっと生活スタイルの中に入っていくようになった

基本的に「しながら」として生活に密接に溶け込んできている

ジョギング「しながら」音楽を聴く

料理「しながら」

入浴「しながら」

歩行「しながら」

勉強「しながら」

仕事「しながら」

便利になって身近な「モノ」になればなるほど、所有する「モノ」としての価値ではなく、生活の場面場面に合わせた「体験」を提供していく価値になっていく。逆を言っちゃえば、不便でありながらも需要があると見なされれば、「モノ」としての価値は上がっていく

僕が住んでいるドイツはベルリンのクラブは、人気があるクラブは入場制限がかかっていたりして一時間以上並んだ挙句、普通に入り口で追い返されるなんてある。だから逆に入れたりする事の価値が上がっていく。レコードの価値も人気があって尚且つ限定であればどんどん上がっていく

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便利が当たり前になっている時代だからこそ不便で価値があるものを追い求める。その事にどれだけ自覚的でいられるかが、「モノ」を創るアーティストにとって、これからの時代に大事になっていくのではないだろうか

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そういや最近、ベルリンの美術館で催されている展示会に行ってきたんだけど、もう絵だけじゃなくて、映像、音、インスタレーション、など様々な表現方法を組み合わせて、観る人に新しい「体験」を提供するような展示スタイルになっていた。ベルリンだから、ヨーロッパだから、ということではなく、世界的な流れなのだろう

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絵、そのものが「価値」を持つというよりは、「体験」を通して、新しい気づきを提供して、絵に新しい「価値」がうまれる。本当の意味で必要とされる「価値」のある「モノ」を創っていきたいと考える僕にとって、「便利」と「不便」、「体験」と「価値」の関係性は興味深いテーマだ

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ベルリンの天気予報によれば9月2日に30度を超えたのを最後に気温は下がっていく。湿気があり夏が終わった後も暑さが続く日本に比べ、ベルリンは乾燥している為に夏が終わり気温が下がると一気に肌寒くなっていく

今年も夏が終わりて秋が来る

xx KENSUKE SAITO

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